時は中世。
 姫君は、城の高い塔のてっぺんの小部屋に閉じこもり、その顔を人々の前に見せることはない。やがて婿となる男性の現れる日まで、無垢な身でいつづけることがその使命なのだ。
 だが、彼女——アリーテ姫は、塔の窓から見下ろす城下の町に生きる人々の姿を見ては、生きることの意味を考えていた。ある日、古文書を読み解いて秘密の抜け穴を探り当てた彼女は、城を抜け出し町へ出る。城下町は職人たちの世界。そのひとつひとつの手が意味ある物を生み出して行くさまは、まるで魔法を見るかのよう。人の手にはこれ程の可能性がある。だったら、わたしの手にだって出来る何かが……。

 この世には、一千年も昔に滅び去った魔法使いたちの残した遺物が散在する。そのひとつを探し出して持ち帰り、王に捧げることが、アリーテ姫の婿となる条件であった。今日はその期限の日。不思議に光る玉を携えた騎士が城下への帰還を果たす。だが成功したのはひとりではない。四本足で歩く金の小箱を、透明な林檎の浮かび上がる水時計を、いつまでも動き続ける永久動輪の輪などを、それぞれの騎士たちが持ち帰り、王に献上する。姫の婿選びは紛糾する。だが、それらはすべてアリーテ姫のあずかり知らぬ場所で行われた話。魔法の宝の数々も、アリーテ姫の目に触れさせられることはない。アリーテ姫は、秘密の抜け穴を使い、騎士たちの宝を納めた地下蔵を訪れる。ひとつひとつの宝のすばらしさにも増して、彼女の目を引いたのは、表紙を金で覆われた一冊の本。それは滅び去った魔法使いたちの国のことが記された知識の書物だった。その挿絵に、アリーテは目を輝かせる。魔法使いたちは、自由に空を飛ぶ乗り物を造り、雲を貫いて天まで届く高い塔をそびえさせ、星の世界へ飛び立っていったらしいのだ。アリーテは、人間が持つ力の大きさを知り胸を高鳴らす。

 姫の婿選びは再試合となった。二回戦に望む戦士たちは己の気持ちを伝えようと、それぞれひそかに塔のてっぺんの小部屋に姫君を訪れる。彼らが初めて見たアリーテ姫は、背も低く、庶民じみた顔をした、物おじ気味な女の子に過ぎない。一方で騎士たちも、魔法使いの宝の真の意味も理解せぬ蛮勇の持ち主、アリーテの内側に思いのあることを、彼らが気づくはずもない。騎士のひとりは宝を手に入れるために蛮族を叩き切ったことを語り、アリーテ姫の心をさらに閉ざす。次に訪れた騎士は、アリーテの見目麗しさを褒めたたえ、その言葉が上面だけのものであることを露呈してしまう。
 三人目に塔を訪れたのは、まるで四歳の幼女にしか見えぬ魔女。滅んだはずの魔法使いの生き残りだった。
 魔女は魔法の力の源である水晶玉を盗まれ失っており、魔法の宝が集まるというこの城を訪れたのだった。
「水晶玉が無ければ、一千年永らえた永遠の命もこれまでなのさ。わしは齢を重ねやがて死ぬ」
「でも、それまでに出来る何かだってきっとまだ……」
「おやおや……人生には何か意味があると、まだ信じているのかい?」
「あたりまえじゃない」
アリーテ姫はそう答え、自分自身の人生を捜し求める旅に出ることを心に決める。

 翌朝、城内の騒動が持ち上がる。魔法使いの生き残りと称する男が訪れたのだ。男の名はボックス。言葉巧みなボックスに翻弄された城の重臣たちは、姫を彼の嫁に与えることを決めてしまう。

 姫君の塔の封印が解かれ、花嫁衣裳が運び込まれる。だが、そこにアリーテの姿は無い。アリーテは、金表紙の本を持ったまま城下を出ようとして、衛兵たちに捕らえられていたのである。重臣たちには、理解出来ない姫君の行動は、何かの呪いにかけられたもののようにしか思えない。「ではその呪い、このボックスが解きほどいて進ぜましょう」
 ボックスが先に水晶玉のついた杖を振ると、アリーテの体が白い煙に包まれ、次の瞬間にはたおやかな姫君が…。まさに皆が思い望むような気高さ。実は、ボックスが魔法を使って、アリーテを変身させてしまったのである。
 そうとも知らぬ一同はボックスの功績を認め、婚礼が執り行われる。
 ボックスは、空飛ぶからくりに妻となった姫君を乗せ、故国へと飛び立つ。アリーテがあれほど望んでいた外界への旅。だが、美しい姫君の姿に変えられたアリーテの本当の心は、ボックスの魔法によって封印されている。
 魔法使いの城の地下牢に幽閉された彼女は、自分自身を取り返すことができるのだろうか……。
 アリーテ姫を助けに来る者など誰もない。
 アリーテは、自らの力で自分自身を救い出さなくてはならない。
 だがその魂は、ボックスの魔法に閉ざされたまま。
 今はまだ…。

















© 2000. アリーテ製作委員会