森川さんはキャラクターを毎日描いては、画用紙にコピーして水彩で色を塗り、アパートの六畳間の壁を丸々一面空けてあるところを埋めるように貼ってゆく。こちらはこちらで自分の机の横の壁に構成表を張り、ストーリーを煮詰めることで一日を過ごす。 この辺がこの映画の準備段階の勘所なのかも知れないのだが、どうも主人公アリーテに関してだけは壁に貼ってあるものがピンと来ないのである。森川さんの描くアリーテは利発で活動的であったり、あるいは活発なお茶目であったり、表情に富んでいる。それが、どうも違う、と思ってしまった。 そんなある日、壁にもう一枚のアリーテの絵が加えられた。はじめてアリーテに面と向かって出会ったような気がした。
自分はこの映画に関しては観念的であるより感覚的であろうとしていたようだ。ということにしているが、言語中枢がいつもに増してお留守の日々なのである。だから言葉にならない。何というべきか言葉にならないのだが、今までのものは違い、こんどのものには純正なアリーテを感じる。 珍しく栄子さんが準備室をのぞきに来たので、「アリーテ」を見せた。 「こんな運動神経ニブそうなの、嫌い」 栄子さんの物言いははっきりしていた。 その途端、アリーテとは何者なのかがわかった気がした。 |