CoolNote
戻る
[はるかなる山の思い出](2003年9月27日(土))
「金時山」には思い出を感じていた。
小学校の林間学校で登った山、生まれてはじめて踏んだちゃんとした山頂だったので。標高1000メートルよりも高いところに立った、と興奮した記憶がある。
それから30年以上を経て、子どもたちを連れて再び登ってみた。
何も思い出せない。ほんとうにこの道をたどり、この風景を眺めたのだろうか。なんとなく思い出せるのは、山道のところどころに鎖の手すりがつけられていたことだけで、まったく見知らぬ風景の中を歩いていることに気づかされる。
いったい自分はあの林間学校の何を覚えていたというのだろう。
出発のしばらく前の日の教室で「箱根の山は天下の険」の歌を習ったこと、泊りがけの荷物が詰められるでかいリュックを買ってもらったこと、水筒も買ってもらったんだっけ? 暑い山道では水気をがぶ飲みするより氷砂糖をなめろと先生にいわれ、旅のしおりの持ち物欄にも「氷砂糖」と刷り込まれていて、母親と買いものに行ったこと。キャンプファイアーのとき群舞する蛍を見たこと。山頂の茶店で登山記念のバッチを買ったこと。
それだけ覚えていれば十分なような気がするが、肝心のそのときいっしょにいたはずの友人たちのことが何も思い出せないのだ。ひどいことに、それが何年生のときのことだったのかも自信がなくなってきた。
今、自分の脇をいく子どもたちには何かを覚えていてほしくなって、あの岩は金太郎が割った岩だ、とか、熊の足跡あった? とか、あの水溜りの泥についてたのは金太郎の足跡かもしれないね、とかさかんに話しながら登る。
戻る
Cool Note -i v4.5 CoolandCool