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[ 『アリーテ姫』今昔物語(8)](2002年01月23日(水))
 この当時の『アリーテ姫』の製作方針(「制作」ではなくて「製作」の方)は、制作、作画、仕上、撮影、編集などの数社が寄り集まって、全体として「自主制作」を行う、というようなものだった。アニメーションの製作費の大部分は直接人件費なので、これを下請けに出すのではなく、それぞれの部門を担当する会社が自己負担して出資金に代える、ということだった。
 こういう場合難しいのは「気概」の持ち方である。いずれもスタッフを抱えて経営に苦労しておられる各スタジオの社長さんたちを束ねたとき、行き着くのは「現実として可能な負担」と「予想できる実利」の問題であったのは当然と言えば当然であっただろう。柔軟を目指して作り上げようとしたシステムが、かえって「固いところ」にしか目を向けなくなっていた。そもそもの原作がそうであっただけに「フェミニズム問題を扱った教育映画として、20分程度のもの」というのが、最終的な結論となりつつあった。
 そうではなく万人に向けてエンターテイメントの新しい形を示したいのだ、という本来の目的が生き残れる土壌ではなかった。
 監督権を預かるものとしては、これでは作る意味が見出せないと言うしかなくなった。

 この前代未聞の製作集団は解消されるしかなかったが、あとに残ってしまったものがあった。『アリーテ姫の冒険』の映像化権をスタジオ4℃の出費で取得してしまっていたのである。


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