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[ 『アリーテ姫』今昔物語(4)](2002年01月18日(金))
 そんな気分を嫌というほど味わっていたとある朝、トーストを食いながら眺める新聞ではじめて彼女の名と出合った。のちにその名は「天声人語」欄にたびたび現れることになるのだが、このときには紙面のもっと少し下の方、ページの一番下の端に『アリーテ姫の冒険』という児童書が新刊されるその広告が載っていた。
 黒澤明監督は、やはり新聞に新刊広告として載った『姿三四郎』という題名を見て、その足でプロデューサーに原作権取得の要請に行ったのだという。ではその本を読ませろ、と言われて、無理です、まだ出てない本ですから、と答えたという。それが彼の処女作となった。
 こちらにはそんなフットワークも度胸もあるわけではなく、ただ新刊広告の煽り文句を眺めては、こんなのを映像にしたらいいだろうなあ、と夢想しただけだ。ひどいことに栄子さんに4℃の台所で手渡されるまで、その本に目を通すこともなかった。
 ただ、あとで同じように企画関係に携わっている知人にその話をしたら、「僕も、あれは自分の仕事に関係ある、と思いました」と、その新刊広告のことを言っていた。もっとも、彼もその本を読まないのだが。
 実際に映画化することが決まってから、図書館の新聞縮刷版でもう一度その新刊広告を見直したのだが、そのどこにそんなに惹かれたのかわからない。
 にもかかわらず、その最初の出会いには得るものがあった。心の奥に灯った「作るべき映画」のおぼろげな姿の印象とともに、その題名は記憶に残された。時に1989年12月。


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